B:北天の大熊 フェクタ
はるか北方、北アバラシア山脈から、遙々、黒衣森まで下ってきた巨大熊よ。
森の恵みを食い荒らすだけではなく、討伐に向かった猟師たちを、幾度も返り討ちにしているの。その爪は、常に犠牲者たちの血で濡れているというわ。
~手配書より
https://gyazo.com/19d291e6047d68fc37cafb7dd49a88a1
ショートショートエオルゼア冒険譚
アバラシア山脈を辿って南下してきた化け物熊は裕にルガディンの体ほどもある前足で前方を薙ぎ払った。
体が大きい分予備動作も察知しやすい。相方は危なげなく前足の一撃を躱してバックステップを踏んだ。化けもの熊は空を切った前足の勢いを使う様にしてすくっと後ろ足だけで立ち上がる。
「!!」
相方が再び大きくバックステップをして距離をとるのが見えた。
「でっかい!!」
四つ足で近づいてきたときには分からなかった。大きいと言ってもせいぜい4~5mだとタカをくくっていたが、この熊は立ち上がるとその体高は6mを遥かに超えている。人間種としては平均的な体形の相方が小動物のように見えるほどだ。相方は完全に間合いを読み間違っていたのだ。
「なるほど、面白いじゃない。化け物熊って言われるだけの事はあるのね」
間合いを取り直した相方は上目遣いに熊を睨みながら言った。
聞くところによるとこの熊は先天的疾患で冬眠はしない上に、満腹になる事がないのだという。熊の生まれ育ったクルザスでは一山丸ごと食べつくし、食料を求めて山脈を南下してきたらしいのだが、その道中の地方でも山々を食い尽くして、家畜にも農産物にも甚大な被害をもたらしているという。グリダニアの精霊評議会もこの熊の侵入を察知するとすぐに議長名で討伐依頼を発令した。正規兵である神勇隊やグランドカンパニーである双蛇党を自在に使える精霊評議会が議長名でモブハントを依頼するなど、前代未聞だ。少なくてもあたしは聞いたことがない。それをずっと不思議に感じていたのだがようやく合点がいった。確かにこのクラスのモブが相手では対人戦を想定して訓練を積んでいる国軍の兵士では手も足も出ないまま全滅してしまうだろう。
相方は熊の先制を待たず走り出した。
熊はその巨体からは想像できないほど素早く相方の動きを追い、頭上から叩き潰すような縦軸の攻撃を仕掛けた。相方は走りながら振り下ろされた熊の手に剣の腹を当てて勢いを殺さず軌道だけを変えるようにいなしながら、熊の足元にまで迫ると、さらにスピードを上げて走り抜けながら熊の足を剣で水平に薙ぐ。体毛と鮮血が飛び散ったが、熊はそれでひるむことなく振り返りざまに相方を横殴りに叩こうとする。
「させない!」
あたしは短く詠唱するとロッドを振るった。バチバチっと引き裂くような音を立てて青い光を纏った黒い球体が熊に向かって飛び、鋭い光を放ち炸裂した。と同時に熊は直立のまま身体を硬直させる。雷撃系の魔法は感電により相手の動きを一瞬止める事が出来る。
その間に熊の間合いから逃れた相方は身体を捻る様にして向きを変えると再び低い体勢で熊に突っ込む。感電による体の硬直は普通数秒間は続く。その数秒で何太刀か浴びせるつもりだった。
が、規格外の身体を持つこの熊は驚くことにそんな相方の動きに反応して見せた。先程とは逆の前足で再び相方を叩き飛ばそうとする。相方は咄嗟に地面を蹴り飛び上がる。その相方の体の下を轟音を立てて熊の前足が通過する。熊の前足の先についた長く刃物のような爪がぴゅううっと空気を切り裂く鋭い音まで聞こえる。真面に喰らったら即死は間違いない。
相方は躱した熊の前足を足で蹴りつけて空中で態勢を整えると、そのまま攻撃のために前のめりになった熊の顔面を横に薙ぎ払う。化け物熊は鮮血を飛ばしながら弾ける様にして仰け反り、顔を抑えながら怒号にも似た叫び声をあげた。地面に降り立った相方はぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして再び熊との間合いをとった。
「さすがに怒らせたかな?」
そういうと相方はニヤニヤしながらここからが本番、と声に出さずに言った。